大判例

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福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)1318号 判決

原告

池田健

右訴訟代理人

井手豊継

外一二名

被告

丸王印刷株式会社

右代表者

山本政治

右訴訟代理人

稲澤智多夫

主文

一  原告が被告の従業員である地位を有することを確認する。

二  被告は原告に対し昭和五五年一一月以降毎月二五日限り金一一万五三六七円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨の判決並びに主文第二項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告敗訴の場合に仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告会社は、昭和二五年四月四日設立された美術印刷、包装用品等の製造販売を目的とする株式会社であつて、肩書地に本社を、福岡市博多区に福岡営業所を置くほか、九州各県一一か所に営業所を有し、肩書地に本社工場、福岡市南区に筑紫工場、熊本市に熊本工場、福岡県山田市に山田工場を設置し、従業員数は現在約三三〇名である。

原告は、昭和四八年八月一日から被告会社筑紫工場に勤務する従業員である。

2  解雇の意思表示

被告会社は、昭和四九年二月一九日筑紫工場工場長近藤哲司を通じ口頭で、「受注が減少し赤字になつてきたので人員削減の必要がある。二月二〇日付で解雇する。」旨原告に解雇の意思表示をした。

3  解雇事由の不存在及び解雇権の濫用

一般に不況に伴う経営合理化のための整理解雇は、従業員の責に帰すことのできない事由によつて一方的に従業員にその生計の途を閉ざす結果を招くものであるから、その実施については従業員をして納得せしめるに足る客観的理由を必要とし、それが真に事業の経営上やむをえないものであることを要する。しかも、経営者は、その人員整理を進めるにあたつては、その目的に反しない限り解雇を避けるための努力を払うべきで、全従業員からの希望退職者の募集又は余裕ある職場から不足する職場への配置転換などによつて、解雇を回避することが可能であればその手段を講ずるべきである。

しかるに、本件解雇当時被告会社においては、次に述べるとおり、従業員の解雇までしなければならない程に経営が行き詰つていたという事実はない。のみならず、本件解雇に先立つて、被告会社は、希望退職者の募集や配置転換等の解雇を回避すべき措置を何ら講じていないのであつて、本件解雇には合理的理由がなく、かつ解雇権を濫用したものとして無効である。〈中略〉

5  賃金請求

原告は、昭和四八年八月一日臨時従業員として被告会社に入社した。

原告は、本件解雇後の昭和五二年一二月二六日福岡地方裁判所の緊急命令により被告会社に復職したが、復職に際し、最終的決着がつくまでは原告を臨時従業員として扱う旨の被告会社との合意に基づき賃金の支払をうけている。原告が臨時従業員として現に支給をうけた賃金は、昭和五五年八月分から同年一〇月分までの三か月分を平均すると、一か月当り金一一万五三六七円である。

従つて、原告は被告会社に対し同年一一月分以降も右同額の賃金請求権を有する。

6  結論

よつて、原告は、被告会社に対し、原告が被告会社の従業員たる地位を有することの確認を求めるとともに、昭和五五年一一月以降賃金の支払日である毎月二五日限り前記平均賃金一一万五三六七円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、4は否認ないし争う。

3  同5の事実は認める。但し原告は臨時従業員であるから日給制であり、原告主張のような平均賃金を請求することはできない。

三  抗弁

1  採用期間の経過

原告の被告会社における身分は臨時従業員であり、正規の採用の外に設けられた特定の期間を限つて雇用される従業員であつた。従つて、本件解雇は、被告会社が、原告の臨時採用期間である六か月の経過とともに、役員会で原告を更に採用しないことの決定をしてその旨を原告に通知したにすぎない。

2  整理解雇

昭和四八年から同四九年にかけてのいわゆるオイルショック後の経済混乱の中で、被告会社において受注が激減し、特に原告の勤務していた筑紫工場では、デパート向けの包装紙等の印刷を主体としていたため紙類の納入不足による打撃が大きく、従業員が現場にきても仕事がなく、毎日機械の清掃などをして手持ちぶさたに過す日が多かつた。もつとも、当時は、パニック的な経済混乱を千載一遇の好機として買占め売り惜しみによる単価引上げなどが一般に広く行なわれた時期で、被告会社の場合も同様のやり方で一時的に好利益をあげたことがあつたけれども、このような正常でない商売のやり方はいつまでも続くはずがなく、景気が極端に冷え込んで長い低成長時代へ突入し、とりわけデパートの包装紙という最も経費節減の対象になりやすいものを主製品とする筑紫工場では合理化の必要性が大きかつた。

そこで、被告会社は、筑紫工場から正従業員を七、八名配置転換し、また、パートタイマー、嘱託、アルバイトの者を辞職させる等の経営努力をし、その一環として臨時従業員である原告外一名(赤星)を解雇した。

従つて、一寸先は闇という当時の経済情勢の下にあつて、被告会社の中でも慢性的赤字で不採算部門になつていた筑紫工場の経営立て直しの一環として、臨時従業員である原告を解雇したことには少なくとも一応の合理性があり、解雇自由の法理からいつて有効である。

四  抗弁に対する認否及び反論

1  抗弁1は否認ないし争う。〈中略〉

2  同2は否認ないし争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件解雇がなされるに至つた経緯につき判断する。

右一の争いのない事実に〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告会社は、昭和二五年四月四日設立された美術印刷、包装用品等の製造販売を目的とする株式会社で、肩書地に本社を、福岡市博多区に福岡営業所を置くほか、九州各県一一か所に営業所を有し、肩書地に本社工場、福岡市南区に筑紫工場、熊本市に熊本工場、福岡県山田市に山田工場を設置し、その従業員数は約三三〇名である。

原告は、職業安定所の紹介により被告会社筑紫工場長近藤哲司の面接をうけたうえ、昭和四八年八月一日同工場に臨時従業員(平版印刷工)として採用され稼働してきた。

2  被告会社は、各工場、営業所ごとに一応独立採算制をとつていたところ、筑紫工場は、被告会社において最も古い工場で、人件費の占める割合が高いこともあつて、採算率が悪く従来から赤字を計上していた。そのうえ、昭和四八年九月ころからのいわゆる石油ショックによる狂乱物価と呼ばれるほどの物価昂騰及び紙不足の影響により、筑紫工場においても、印刷用紙の不足及び受注減により従来どおりの操業は困難となり、極端な場合には一日仕事をしては二、三日機械の掃除をするといつた状態であつた。特に筑紫工場はデパート、スーパーを得意先とし、その包装紙、紙袋、チラシ等の印刷を主として行つていたため、得意先との値上げ交渉ができにくく、また、その節約等による受注減が著しかつた。

3  このようなことから、筑紫工場においては、経費節減等の方途をとるとともに、被告会社取締役会での同工場の合理化推進(人員削減)の決定をうけて、石油ショックを機に昭和四八年九月ころから同工場の従業員(本採用)五、六名を人員不足の本社工場へ配置転換したうえ、臨時に採用された者から整理していく方針をとり、その一環として昭和四九年二月一九日原告及び臨時従業員赤星晃に対し同人らを翌二〇日付で解雇する旨通告した。原告に対する右解雇は、被告会社臨時従業員就業規則二〇条に列挙された解雇事由のうち、三号「事業の縮少又は設備の著しい変更によつて剰員となつたとき」及び四号「業務上の都合によつて止むを得ない事由の生じたとき」を根拠としたもので、近藤工場長は原告に対し右解雇に際して、受注が減少し赤字になつてきたので人員削減の必要がある旨その理由を説明した。

原告の右解雇当時、筑紫工場においてアルバイト一名、パートタイマー二名、嘱託二名の者が臨時の従業員として働いていたが、バートタイマー一名がその後任意に辞めたのを除いて解雇された者はいなかつた。但し、昭和四八年暮パートタイマー二名が解雇されたが、これは同工場の従業員の意見に基づく給食廃止に伴うものであつた。そして、筑紫工場における人員削減の方針が打ち出された昭和四八年九月以降にも同工場は、同年中に前記赤星を臨時従業員として採用し、同年一一月臨時従業員であつた小堀盛義を本採用の従業員とした。

なお、被告会社は、原告らの解雇に際して、他の工場への配転の可能性を検討したことはなく、他に希望退職者を募るといつた方法もとつていない。

4  筑紫工場における状況は右のとおりであつたが、被告会社全体としてみれば、石油ショック後も着実に営業実績を伸ばし、昭和四七年に約一二億二〇〇〇万円の販売実績であつたのが、昭和四八年に約一六億六〇〇〇万円、昭和四九年に約一九億四〇〇〇万円の販売実績をあげ、昭和四九年の受注実績は昭和四八年を上回り17.1パーセントの増加を計上した。そこで、被告会社は、月間の売上高が過去の最高月間売上高を上回つたときに出す慣習であつた大入袋を、石油ショック後の昭和四八年一一月、一二月の二回全従業員に配付した。また、昭和四九年一月には、インフレによる従業員の生活苦を慮つて臨時に一律七、八〇〇〇円の昇給を行なつたうえ、同年七月の定期昇給期には平均二、三万円の昇給を行なつた。

そして、被告会社社長山本政治は、昭和四九年一月本社工場に福岡市内の全従業員を集めて行なつた年頭の挨拶の中で、不況といわれる中で従業員の士気を高める意図もあつて、「昭和四八年は大幅な利益をあげ、暮の賞与も六か月分出せる余力があつたが、石油ショック以来二、三か月先の見通しが立たないので三か月プラス二万円にした。」と述べた。

更に、被告会社は、昭和四九年七月ころ合理化目的のためとはいえ、筑紫工場に一台数千万円の外国製製版機を設置し、その後数台外国製の機械を購入して設備の近代化を図つた。以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

三前示二の認定事実に基づき、被告会社主張の各抗弁について順次判断する。

1 まず、被告会社は、採用期間の経過により原・被告間の雇用契約は終了した旨主張するが、被告会社の昭和四八年一月一九日になした原告に対する通告が、被告会社役員会で、採用期間の経過とともに原告を更に採用しないことの決定をしてその旨を原告に通知したものとは、本件全証拠によるも認めることはできず、かえつて、前示二の認定事実によれば、被告会社の右通告は、石油ショックによる経済混乱に伴う合理化を理由としたいわゆる整理解雇の意思表示であることが明らかであるから、被告会社の右主張は失当である。

2  そこで、進んで本件解雇がいわゆる整理解雇として有効であるか否かにつき検討する。

一般に、不況等に伴う経営合理化のために余剰人員整理の手段としてなされるいわゆる整理解雇は、一旦労働者が取得した従業員たる地位を、労働者の責に帰すべからざる事由によつて一方的に失わせ、その生計の途を閉ざすに至らせるものであるから、その実施にあたつては、少なくとも企業において経営合理化のため人員整理をすすめる必要性が客観的に認められ、しかも、その最後の手段ともいうべき解雇を避けるため配置転換や希望退職者の募集といつた労働者にとつて負担の少ない方途によつて余剰人員を整理する努力が十分払われたことを要すると解すべきである。そして、整理解雇の場合に限つていえば、被告会社が本件解雇の根拠とした臨時従業員就業規則二〇条三号、四号にいわゆる「事業の縮少又は設備の著しい変更」又は「業務上の都合」に該当するには、人員整理の必要性が客観的に認められることを要し、また、同三号にいう「剰員」とは、企業が整理解雇を回避する十分な努力を払つてもなお余剰人員が生ずる場合をいい、このような場合においてはじめて「止むを得ない事由の生じたとき」(四号)ということができると解するのが相当である。

そこで、これを前示二の認定事実に照らして考えると、筑紫工場における人員削減等合理化の必要性は一応肯認できるものの、被告会社がその方針を打ち出した後も、赤星を採用し、小堀を本採用の従業員とするなど、人員削減の方針自体それほど一貫したものでないうえ、被告会社全体としてみれば、前示二4のとおり石油ショック後も相当の利益をあげ、営業実績を着実に伸ばしており、また、他工場においては余分に人員を受け容れる余地があつたことも窺え、筑紫工場に余分の人員があつたとすれば、これを他工場に配置転換するなどして合理化をすすめることも可能であつたと推測されるのであるから、被告会社は、従業員の解雇を余儀なくされる程経営が行き詰つていたとは考えられず、本件における整理解雇の必要性は未だこれを認めることができない。のみならず、被告会社は原告の解雇に当つて、配置転換が可能であつたと思われるにもかかわらずその可能性を検討したこともなく、希望退職者を募るといつた手段もとつておらず、その他解雇を回避するために有効な何らかの方策を講じた形跡を窺うことはできないから、未だ十分な努力を払つたということはできない。

以上のとおりであるから、原告に対する本件解雇は、その根拠とされた就業規則二〇条三号、四号に該当せず、解雇の事由を欠くものであつて、無効といわざるをえない。

3  従つて、原告は、被告会社の従業員たる地位を有するというべきである。

四次に、原告の賃金請求について判断する。

前叙のとおり本件解雇は無効であるから、原告は、被告会社に対し依然雇用契約に基づく賃金請求権を有する。そして、原告が福岡地方裁判所の緊急命令により本件解雇後の昭和五二年一二月二六日に最終的決着がつくまで原告を臨時従業員として扱う旨の被告会社との合意に基づき被告会社に復職したこと及び原告が臨時従業員として現に支給をうけた賃金は、昭和五五年八月分から同年一〇月分までの三か月分を平均すると一か月当り金一一万五三六七円であることは当事者間に争いがないから、本件においては右金額をもつて原告の一か月当りの賃金額と認めるを相当とする。

なお、前掲乙第一号証(臨時従業員就業規則)によれば、臨時従業員の賃金は日給制で、毎月二〇日締切り(但し、諸手当は毎月一〇日締切り)で当月二五日に支給されることが認められ、右のような被告会社における臨時従業員に対する賃金支払の形態に照らすと、たとえ日給制賃金であつても、月単位の平均賃金の請求を失当というべきではなく、この点に関する被告会社の主張は理由がない。

よつて、被告会社は原告に対し昭和五五年一一月以降も一か月当り金一一万五三六七円の賃金をその支払日である毎月二五日限り支払うべき義務がある。

五以上のとおりであつて、その余の当事者の主張につき判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお、仮執行免脱の宣言は相当でないので却下することとして、主文のとおり判決する。

(辻忠雄 湯地紘一郎 林田宗一)

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